YukunP’s diary

古すぎる「定年」のイメージを変えたい! 今の定年は違うんです

読書は重要でない、思索が重要なのである

 YouTubeチャンネル「アバタロー」より

 【15分解説】読書について|ショウペンハウエル ~世界的名著に学ぶ最高の読書術~

 150ページくらいの本で、思索、著作と文体、読書についての3つからなります。
 動画では「思索」と「読書について」の2つを紹介しています

 

 「思索」の内容は以下です。

・知識は量ではなく、どれだけ考え抜かれたかで価値が決まる。
・読書は他人の思想が、自分の精神に入り込む行為である。
・無目的な多読は、自らの思想を追放してしまう行為である。
・自分の頭で考え抜いた仮説を補う手段として書物に頼る。
・思索をめぐらし、得られた思想は記録し、つなぎとめる。

 重要なのは思索であって読書ではない。思索の価値を高めるためにのみ読書をすべきということでしょうか。

 

 「読書について」の内容は以下です。

・悪書は読まず、良書を読む。
・悪書の多読は避ける。なお良書の多読は問題なし。
・書籍から多く学ぶために、思想体系を構築する。
・良書は必ず2回続けて読む。
ギリシア・ローマの古典にチャレンジする。

 

 悪書とは何かについては、

文学の世界にはまったくもって読むに値しない悪書が雑草のように生い茂っている。雑草と言うのは麦の養分を奪い、麦を枯らしてしまうだろう。つまり悪書というのは、読者の金と時間と注意力を奪い取る存在なのだ。本来であればそういった貴重な資源は良書に向けられてしかるべきだ。にも関わらず、我が国の現在の書籍・著作の大半というのは、読者から金と時間をむしり取ることしか考えていない、さらに著者も出版社も批評家も堅く手を結びあっている。であれば、読書をする際の心がけとして大切なのは、多くの読者が我先にとむさぼり読むような本に軽々しく手を出さないことだ。

 と説明しています。
 悪書とは「読むに値しない本」です。具体的には自分で考えてくださいということでしょう。
 悪書とは悪い本でも間違った本でもありません。本来なら良書に向けられるべき資源を奪うがゆえに「悪」とされているだけです。

 これだと本の要約・解説系YouTubeチャンネルで紹介している、「話題の本」のほとんどが悪書になると思います。

 

 良書についての説明もあります。

比類なき卓越した精神の持ち主、すなわち、あらゆる時代あるゆる民族が生んだ天才の品

 良書の代表例がギリシア・ローマの古典ということになりますが、自分にはハードルが高いのでYoutubeに頼ろうと思います。